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ヤフーオークションに参加した経験を話そう!

先日ヤフーオークションに初めて参加してみた。メルカリにも参加したことが無くて初挑戦だった。79歳の自分がゼロからのスタートを切った訳である。家中に売りたいものが山ほどあったからだ。
これらの商品が自分の昇天と共に不燃物として処理されることに未練が残ったのである。「勿体ないなー」と何度心の中で叫んだことだろう。
今必要としている人に渡ればこれ以上の歓びはない。それに加えてヤフオクに参加した大きな理由があった。年金暮らしでは不足が出始めたことである。要は金が足りないことである。
此の不足額をどうして穴埋めするのか考えたが、いまさらこの年で働きに行く気は毛頭ない。その体力もないだろうし、古女房の面倒も見なきゃいけない。とすればウェブの世界で稼ぐしかない。
ヤフオクに参入したのが令和8年の2月後半でそれから今3月後半に入っているので、かれこれ3~4週間が経過したことになる。
疲れる仕事だったが、成果は出た。期待した以上に結果がでた。僅かだけど売れたのである。此の売れた事の歓びは大きく深い。
それは過去との悩ましい清算が出来たこと。売れることによってくっついていた物への執着が流れて消える。これは計算外だった。感謝して別れを告げた。
上の写真の坐像もそうである。長年の思いの念が入った作品だったが、合掌してヤマト便で送り出した。
もう一つは昔大黒柱だった猛烈社員の頃の働き振りというか、俺は働いて家族と世間に貢献しているぞというあの頃を思い出したことである。
世の中にすこしでも役に立っているという独りよがりかもしれないが、あの心地いい圧迫感だ。長い事忘れていたが、ヤフオクに片足を突っ込んであの思いが少し蘇ってきたことだ。
「あーあの時は大変な苦労だった!」とあの頃のせつない思いがむせるように湧いてきたが、それなりに充実感も当時は味わえたものだ。長い間すっかり忘れて眠っていた感触を久しぶりに味わえた。
だから働けるうちは働いた方がいい。たとえわずかな時間であっても気持ちの柱がしゃんとする。あてもない無職ではなく確定申告上は個人事業主なのだ。
人生が回顧できるし、それなりに心の進歩があるからである。
トラブルについて
物を送っても受け取り連絡をしない人もいてヤキモキするがしようがない。待つしかない。
出品するには写真をいろいろの角度から撮り、興味が持てるように内容工夫しなければならないから気を遣う。ボケ防止には良いと思う。
あべこべの写真を出品したり、価格ミスをやったり失敗も多い。
送付が一苦労だ。ヤマト便や郵便局の小さいものから大きなものまで複雑極まる送付システムに慣れるまでまだまだ時間がかかる。
海外オークションサイトのイーベイの経験が無かったらとても参加するのは不可能だったと思う。この経験が生きて来た。
金を稼ぐには山あり谷ありだが、今はこの経験を魂向上に少しでも生かそうと丁寧に対応しているつもりだ。
腹の立つこともあるが、すべて流そう、消そう、執着なしに手放しで行こう。あちらの世界への前準備をしたいからだ。
以上
高僧の死について
加藤耕山老師(96才)の遺影です。お弟子に指導中、お亡くなりになった直後のお姿です。坐禅されたまま旅立たれました。高僧の坐亡例は近年ありません。禅史上でもかなり珍しいです。通常は息を引き取ったら必ずバランスを失います。昭和48年1月31日遷化
坐禅に生きる
加藤耕山老師は奥多摩で住職をされていました。小生が大学生の頃鹿児島から禅修行に上京した時に師の秋月老師より「稀に見る名僧がおられますので、御存命中に是非一度お目に掛かって下さい」と勧められて奥多摩に出かけました。
当時の未熟な若い自分には耕山老師の偉大さは、よく分かりませんでした。「坐禅をやれ!」と言われていたのが記憶にあります。
加藤耕山老師については秋月老師の著作「坐禅に生きる」に人となりが書かれていますが、見事な臍下丹田の下腹をお持ちの破格の禅者でした。
若い頃小豆島で2~3年猛烈な禅修行をされて、島の人から貴捨された麦だけで生活されたそうです。そのとき体が軽く宙に浮く様な気がしたと話されています。
修行中の話として仲間の雲水に「体が軽く感じるが、足が地面について歩いているか」と尋ねられたこともあったそうです。
この件で思い出すのが、幕末の黒住宗忠公が掃き清められた長い柔らかな砂地の道を、足跡を残さず歩いたとされる有名な逸話があります。
周りの人は驚嘆する思いでこの光景を見送ったとありますが、まさに耕山老師も足跡もなく道を歩かれたと思います。
キリストが海の上を歩いたと言われていますが、このような事はあり得る話です。修行を積んだ耕山老師であれば、足跡を残さず歩くことは考えられます。少なくても体が軽く飛ぶような感じではなかったかと想像されます。
物理次元を超越した事が生じるのです。下腹の臍下丹田を鍛えた耕山禅師や宗忠公も尋常ならざる修行の結果と見ています。宗忠公も下腹の臍下丹田を鍛えなさいといつも強調されていました。
高僧の遷化
坐禅で鍛えられた見事な臍下丹田です。
臨在禅には公案というものがあります。公案とは頭では解けない問題です。たとえば「雨粒を数えてみよ」とか「河向こうの喧嘩を止めてみよ」とありますが、考えても全く分からない問題です。
敢えて理論を越えた問題として作られています。この公案をご自分で修行されておられましたが、晩年は批判的になっておられました。
「わしが口ぐせのようにいうのは、すべてのものは平等である。ひとつであるということじゃ。」と天地同根万物一体を主張されていました。
深い深い教えです。つまり天地は人類の大父母であり、宗教を越え、国境を越えて真の教えがある。天地一体、神人一体のお天道様の信仰に生きていくことだと思います。
命の絶対的自由こそ天地万物一体の境地です。天地創造の神秘的霊力を体感することだろう。
これを坐禅により頭ではなく体で会得することを教えられたのです。坐禅の神様と呼ばれた沢木興道老師と仲が良く、長年の道友でした。
眠るが如くに坐亡されましたが、このような禅僧の遷化は、禅の歴史上でもあまり見られません。
世間では山本玄峰老師の遷化の時には「最後の禅僧」の死といわれました。加藤耕山老師が亡くなられた時「巨星おつ」の感とともに最後の禅僧がこの世からなくなったという思いがいたします。
醒めよ神国日本!

美しい神国日本を目指そう!
昔の日本はお天道様が見守り、真面目な嘘のない、悪い事はとうてい出来ない国だった。お天道様中心の美しい神国だった。
敗戦後 国は心の内面の大切な道を放棄し、欧米化に舵を切り物質主義の退廃に堕ちていった。政治家の腐敗、人心の乱れ、利益追求のみの哀れな国に成り下がっていったわけである。
日本の毅然とした教えは否定され、戦前の教科書はGHQによって全て真っ黒に消されていった。左翼の全盛時代が到来し、大和心が根こそぎ消滅されてしまった。
周辺国から絶えず脅され恐喝され、そうなれば国は「遺憾の極み」と弁明を繰り返すだけで、へっぴり腰の態度が常だった。
首相が靖国参拝することすら隣国から猛烈なケチをつけられ、亀のように首をすくんでお参り出来ない現実がある。
国の代表である首相が尊い命を犠牲にして亡くなった御霊を心から哀悼して、なにがいけないというのか?
このように情けなく悲しいまでの国の卑屈な醜態を国民は嫌というほど見せつけられてきたのである。
醒めよ日本人
もう圧力が怖くて震えてばかりいることをやめようではないか!不当な隣国圧力又左翼勢力に対して立ち上がり、勇気を出して日本を取り戻そうではないか!
そして紛争の絶えない世界を少しでも平和に導く神国日本を目指そう!
かつての誇り高い武士道の伝統はみじんも見られなくなってしまった。戦後80年間中身のない薄っぺらのマスコミ、テレビの享楽主義がはびこり、国民娯楽の主流となり今に至っている。
しかし一部の国民はこのような状況から目覚めようとしている。新しい高波動の精神世界が出現してきたのだ。
魂を見失った烏合の衆の行動と異なり、真の精神世界へ進もうとしている人達が現れてきた。自分たちは古代大和の血をひく和と調和の日本人である!と心の底から高らかに叫ぶ人たちが増えてきた。
この地上の裏社会に君臨した醜い戦争・金・権力・騙しが段々と消滅して弱ってきた。何と喜ばしいことか!
醒めよ日本人!共に力を合わせよう!
ポール・リシャール博士の予言
日本の古代史を深く研究した米国のデューク大学学長であったポール・リシャール博士は終戦直後に「私は生涯をかけて全世界の民族古代史をつぶさに研究した。その結果日本民族は地球上に於ける最優秀民族で神に一番近い民族であると思っている。
日本は原爆の洗礼を受けたが、日本人は必ずこの敗戦の廃墟から立ち上がりいずれ戦勝国を凌駕する国になるだろう。そして民族の天命である平和世界建設の中心国となる。」と語っていました。
ポール・リシャール博士は日本民族が地球救済のために他の天体より*「天孫降臨した天孫民族」であることを発見した唯一のアメリカ人です。我々日本人は天照大御神以来の地球を救うという大いなる使命を忘れてはなりません。
天孫降臨した天孫民族
太古の昔大和民族の祖神ニニギノミコトと共に地球を救うために、宇宙より大和の地に降臨した天孫民族が日本人であると言われています。現在宇宙の星の人々が地球世界の無軌道ぶりを見るに見かねて通信を盛んに試みています。
宇宙人は現存しており、愛ある宇宙人達も応援してくれています。今まで数千年間悪魔的宇宙人による地球人の支配もされてきましたが、その支配から解かれる時代を迎えております。
尚個人的には1300年唱えられてきた神道の大祓い詞に「荒ぶる神たちを神問わしに問わし給い、神祓いに祓い」とある節は悪の宇宙人達を表現しており、祓うべき対象になっていると考えています。
大昔から大和国では既に正確に悪の宇宙人を荒ぶる神として理解していました。人類よりはるかに高度な科学力を駆使する悪の宇宙人は、神として人類に君臨して支配してきた長い歴史があります。
DSは彼らの忠実なる僕(しもべ)になります。人の支配は今のマトリックス社会体系にさせられてきました。
彼らは人類の無意識、潜在意識状態を容易に操る力を持ち、大衆を誘導できる恐るべきパワーを有しています。人はネガティブ状態に陥りますと簡単にはまります。
明るい楽しい気持ちと感謝がどんなに重要かお分かり頂けると思います。これらは悪魔からの攻撃を遮断できる唯一の手段となります。
ポール・リシャール博士について下記は国柱会よりの転載です。物質文明から霊性世界への移行を予言しています。
「 ポール・リシャールは、1874年(明治7年)に南フランスに生まれ、長じて神学博士ともなったが、宗教によって衣食するのを欲せず、法律を学んで弁護士となった。その間、文壇においても名をなし詩人としても高名であった。
彼は哲学・宗教に関心ふかく、ヨーロッパの物質文明は没落の運命はさけられぬと観取し、光を東方に求め、インドに移り、インド革命のリーダーのアラビンダ・ゴーシュと交わった。
大正五年(1916)、旅行のつもりで来日した彼は、日本の魅力の虜となり、ついに4年間滞在、その間、じつにふかく日本の精神文化に分け入り、もっとも日本を識る外国人の1人となった。
「議会政治的・黄金政治的個人主義」の民主主義は、やがて欧米でも行詰ると予言し、当時、民主主義に心を奪われていた日本人に警告を発した。『日本の児等に』と題する詩に、日本には7つの栄誉と使命があるとして、
かつて他国に隷属せざりし世界の唯一の民!一切の世の隷属の民のために起つのは汝の任なり 新しき科学と旧き智慧と、ヨーロッパの思想とアジアの精神とを自己の内に統一せる唯一の民!
これら二つの世界、来るべき世のこれら両部を統合するのは汝の任なり 建国以来、一系の天皇、永遠にわたる一人の天皇を奉戴せる唯一の民!
汝は地上の万国に向って、人は皆一天の子にして、天を永遠の君主とする一個の帝国を建設すべきことを教へんが為に生れたり
と、格調高く日本人を激励した。同様の書に『告日本国』がある。35日間、1歩も外に出ず、精神を凝らし、天来の声を綴ったという。
大正9年1月、リシャール夫妻は、三保最勝閣を訪れ、智学先生の歓待をうけて数日滞在した。霊峰富士を仰いで、彼は「大地が天に向かって合掌している姿だ」といった。
その後、ヒマラヤ山麓に住み、さらにフランスからスイスに移り、晩年をアメリカに過した。」
当時東洋で、唯一白人國家に対し意見が言える國家は日本だけでした。侵略國家、軍国主義などと揶揄された日本は、人種差別撤廃を唱えた國なのです。
リシャールが滞日時代に書いた『告日本國』(大正6年、1917)という著書があります。この著書は日本の世界史的使命と日本人への期待を歌い、今日も多くの人に賞讃されています。