死に際について
坐禅に生きる
加藤耕山老師は奥多摩で住職をされていました。小生が大学生の頃鹿児島から禅修行に上京した時に師の秋月老師より「稀に見る名僧がおられますので、御存命中に是非一度お目に掛かって下さい」と勧められて奥多摩に出かけました。
当時の未熟な若い自分には耕山老師の偉大さは、よく分かりませんでした。「坐禅をやれ!」と言われていたのが記憶にあります。
加藤耕山老師については秋月老師の著作「坐禅に生きる」に人となりが書かれていますが、見事な臍下丹田の下腹をお持ちの破格の禅者でした。
若い頃小豆島で2~3年猛烈な禅修行をされて、島の人から貴捨された麦だけで生活されたそうです。そのとき体が軽く宙に浮く様な気がしたと話されています。
修行中の話として仲間の雲水に「体が軽く感じるが、足が地面について歩いているか」と尋ねられたこともあったそうです。
この件で思い出すのが、幕末の黒住宗忠公が掃き清められた長い柔らかな砂地の道を、足跡を残さず歩いたとされる有名な逸話があります。
周りの人は驚嘆する思いでこの光景を見送ったとありますが、まさに耕山老師も足跡もなく道を歩かれたと思います。
キリストが海の上を歩いたと言われていますが、このような事はあり得る話です。修行を積んだ耕山老師であれば、足跡を残さず歩くことは考えられます。少なくても体が軽く飛ぶような感じではなかったかと想像されます。
物理次元を超越した事が生じるのです。下腹の臍下丹田を鍛えた耕山禅師や宗忠公も尋常ならざる修行の結果と見ています。宗忠公も下腹の臍下丹田を鍛えなさいといつも強調されていました。
見事な死際
臨在禅には公案というものがあります。公案とは頭では解けない問題です。たとえば「雨粒を数えてみよ」とか「河向こうの喧嘩を止めてみよ」とありますが、考えても全く分からない問題です。敢えて理論を越えた問題にして、作られています。
