古神道霊験秘話より 大嵐の中のご神事

古神道霊験秘話より 大嵐の中のご神事

 

 

   この話は、海上におこける神事に起きた非常に不思議な話です。

 

上記の古神道霊験秘話には不可思議な話が多く載っていますが、特にこの海上神事は滝沢宮司が「あまりにも不思議なことなのでここに記(しる)しました」と述べられています。尚滝沢宮司は全国150近くのご神事を奉仕されてこられた方です。

 

  神事の目的

 

 

この神事を執り行うことは神界からの御使命によるもので、高千穂神界(伊勢神宮の御神璽が高千穂山頂に鎮座されている)と海洋神界との一大結縁の最重要神事です。

 

その目的は魔性の海洋浄化を目的として人類滅亡阻止、地球救済の大神策です。魔性の反撃が強力であるため、魔払いの秘法を神々より授けられていました。

 

滝沢白竜宮司は昭和29年9月18日夜八幡神社大神よりお呼び出しがあり神社に参拝いたしますと、八幡神社の大神と豊玉姫大神がお出ましになられ、山川沖海神界神事の御示しが下されました。

 

山川港より出発

 

宮司は山川港より神事の目的地の神之瀬(かみのせ、開聞岳と佐多岬神社を結んだ線の中間点、鹿児島湾入口。鹿児島湾内の神瀬灯台ではない)に向かいました。

 

神之瀬は海神の竜飛命(りゅうひのみこと)が祀られています。引き潮時に波の上に岩がわずかに出るところで、出入りの船は用心深く航行する場所です。

 

出発時は晴天無風の理想的な日和で、皆この恵まれた天気を祝福していたのです。山川港から参加者全員出発して、船は静かな海を順調に目的地に向かって行きました。

 

突然大嵐に遭遇する

 

かれこれ15分位走ったかと思う頃何の前触れもなく、突然爆発が起きたような突風が吹き始め大暴風雨となって海が逆巻き真っ暗になって荒れ始めました。

 

この山川沖神事は神より「可成りの邪魔を覚悟せよ」と明示され、神界重秘の「破邪の剣法」を予め伝授されていました。

 

これが魔性の大反撃とは気づかず、いわゆる自然現象とばかりに思い込み宮司は船酔いの最中でした。「まったく霊的には素人同然で恥ずかしい次第です」と後に言われています。

 

相当大きな船に乗っていましたが、大揺れに揺れて沈没の危険もあり全員が真っ青になったのです。

 

大波浪が逆巻いて船は大波で突き上げられ次は逆落としにどしんどしんと海面に叩きつけられ、不安と恐怖で婦人子供らは「キャー助けてー」の叫び声が船内に次々と上がりました。

 

嘔吐する者もいれば、もう中にはぐったり死んだように船の揺れに合わせて右、左にごろり、ごろり動く者もいます。宮司は激しい船酔いの為10回以上の反吐を繰り返し、それをチリ紙で拭いぐったりと壁に寄りかかっていました。

 

この異変を鎮めるには祈願修法をするにもひどい船酔いのため思うように出来ません。そのとき家内に「もしものことがあれば、私達の責任ですよ!」と強い調子で言われましたが、もうどうにもできない状況です。

 

佐多丸の船長は「鹿児島湾で相当長い年月航海をしているが、こんなひどい嵐は始めてだ!」とのこと。

 

上甲板の上にある船長室の窓ガラスが大波浪で叩き割られ、血だらけの手で舵(かじ)を握って操縦しています。神事に血は厳禁、魔性の神事への大反撃です。

 

しばらくすると水先案内人から「着きました!」の大声が上がりました。その瞬間我に返って大揺れの船室を這いながらやっと船長室に安置してあった神物と神饌を手にもって、よろけそうになりながら甲板に移動できました。

 

「山川沖の大神様、現場につきましたが、ご覧の通り正式の祭典奉仕ができません。左舷にご神物、ご神饌を放り込みますからお受け取り願います!」と丁寧にご祈念しました。

 

一転 静かな海になる

 

そして逆巻く怒涛の中にドブンドブンと放りこんだのです。そうしますと今の今まであれほど猛り狂っていた暴風雨が、ものの見事に瞬時に消え去り、出発時と同じく無風晴天に戻ったのです。

 

それはまことに魔術みたいでした。一同この信じられない現象に気が抜けたようにポカーンとして、口もきけないほどです。

 

これはこの場に居合わせた者でないと、とてもその暴風雨から突然無風晴天に変わった状況がつかめません。

 

やがて方向転換して山川港へ帰り始めたころ一同がやっと正気を取り戻しはしゃぎ出し歌さえ出始め、まさに地獄と天国を味わった気分になりました。

 

そして山川港に帰り着いてみると、雨の跡が僅かにぽつぽつあるだけで平穏そのものです。我々があれほど悩まされた大暴風雨など全く別世界です。

 

神のお導き

 

真っ暗な暴風雨の中をどうして目的地までたどり着けたか、その理由を滝沢宮司は次のように述べています。

 

今回の水先案内人は黒島玄吉氏で九州商船の課長さんです。鹿児島湾入り口の神之瀬を正確に教えてくれたのもこの方です。

 

大嵐の暗黒な中で全く見通しがつかず、船長の勘だけを頼りに進行していましたが、黒島氏がそろそろこの辺りではないかと船長と話をしていると、真っ暗闇の前方300メートル先に直径3メートルほどの黄金色の柱が立ち、こうこうと海面を照らし出したそうです。

 

「あそこだ!」と船は猛スピードでばく進して、船長室より「着きました!」と叫んだ次第です。これは正に神のなされる業(わざ)です。ご神事決行を魔性から守り給うご神徳です。

 

いままでの神事ではこうしたことはしばしば起こっていましたが、これほど激しい魔性の反撃に出会ったのは稀な事でした。

 

さすがは高千穂神界と海洋神界の結縁線を、邪魔して断ち切ろうとする魔性の反撃は想像以上です。魔性はこのご神事を邪魔するために大暴風雨を起こしたわけです。

 

その後八幡神社に参拝してこの度の山川沖神事の目的達成をご報告いたしますと、大神が出てこられご機嫌麗しくニコニコ顔でねぎらわれて「ご苦労であった。汝に褒章(ほうしょう)を取らす」と仰せられました。

 

そして目も覚めるほどの黄金の御装束一揃いをお授けになり、無事海洋神事が完了したということです。

 

尚滝沢宮司はこの大事な神事前に準備として「神々のご啓道により慎重なる祈念、修法と無言潔斎21日間」という朝に夜に厳重な修行を神より課せられた記述があります。

 

滝沢白竜宮司のように以前から世界平和と繁栄のために人知れず各地で神事を、長年重ねてこられた多くの方々のご奉仕に対して深く衷心より感謝いたします。

 

そして新型コロナからウクライナ戦争、今の大激動期に向けすでに70年近く以前から、周到に世界平和に向けてご神璽活動を長年真摯に継続された滝沢白竜宮司に頭が下がります。

 

* 滝沢 白竜(たきざわ はくりゅう)  明治42年長野県生まれ 戦後に神道天行居の鹿児島教会長に就任。昭和49年奈良県葛城山麓に葛城天剣神社を鎮座し、同宮司に就任。古神道の昂揚運動に尽力した。神道活動は50年以上に及ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必ず治る⑪ 接種した方へ 自然免疫力復活

 

 

必ず治る⑪ 接種した方へ 自然免疫力復活

 

 

 

 

 

 

 

これから接種の後遺症は増加していくと思われますので、上記の「日の出健康法」と共に参考にして下さい。

 

人の自然免疫力に重点を置いた治療法です。今後もっと多くの人に注目され 驚くべき効果も発表されると期待しています。「必ず治る」とタイトルにはありますが、むしろ後遺症からの「苦痛軽減」を目的にしていますのでご了承願います。

 

勿論究極的には本人の意思と決意次第では、後遺症から「治る」即ち「脱却できる」と信じています。ワク打ちの細胞の中の遺伝子レベルでも変革できる可能性があると信じています。

 

以下日拝治療法も参考にして下さい。又健康の秘訣も書きました。

 

必ず治る➂ 日拝治療法

必ず治る④ 日拝治療法

 

   健康になる大きな秘訣は、一言でいえば余りクヨクヨしないことです。

 

黒住宗忠教祖は善人にありがちな正直で真面目一方ですが、小さな事をいつまでもクヨクヨと思い悩む傾向のあることを、特に無くすように指導されました。

 

そこで歌われた句があります。

 

      むずかしく思うこころぞ地獄なり 

 

                やすく楽しきこころ極楽 

 

極端に言えば小さい事をクヨクヨ悩むくらいなら「大泥棒の石川五右衛門の豪気」を学べとまで言われています。

 

何か自分自身のことを、ズバリと言われているような気がしてならないのですが、とかくスピリチュアルな面に関心の高い人は純粋な反面、繊細で傷つきやすい神経を持っています。

 

この細かさが、健康や運命に少なからず影響しています。やはり心の強さ雑草の強さは必要です。意識して、訓練次第で強くなることは必定です。

 

こころの持ち方次第で、人生はどのようにも変わる

 

宗忠教祖自身小さい頃より、神を目指されたくらいですから、真面目過ぎるくらいの性格で繊細な方だったと想像されます。そのため大きな病を招き、死ぬ寸前まで事態は悪化したのです。

 

そして絶対絶命の状況下において全て天にお任せの心境になり、太陽のご陽気をいただいた途端にガラリと局面が打開され、別次元の歓喜の境地になられました。

 

このことはこころの持ち方次第で、人生はどのようにも展開していくということです。

 

宗忠教祖も「こころ一つにて苦楽は勝手次第なり」、「海あれば山もありつる世の中に、狭き心をもつなひとびと」と表わされています。

 

笑いで大病が治ってしまった話

 

心の持ち方次第で病気が治った面白い話があります。

 

宗忠教祖がある病人に向かってこう仰ったのです。「あなた様の御病気は、自分で治せます。まずあなた様の周りの立ち込めた陰気を、吹き払うために大いに笑ってください。今日から笑うことに努めてください。」と言われたのです。

 

当の病人は「笑えと言われても、おかしくないのにどうして笑うことができるのか」と思っていたそうです。

 

それでも治りたい一心で笑おう笑おうと努力しましたが、どうしても形の上でしか笑えませんでした。

 

そのことで悩んでいましたが、ある夜ローソクの明かりで笑おうとしていた自分の顔の陰が、障子に滑稽な姿にふと写りそれを見て思わず大笑いしました。

 

その笑い声に家族が夜間に何が起きたのかと集まってきて、笑いの理由が分かったら全員大笑いになって、一気に陰気な雰囲気が払われ実際に病気がすこしづつ治っていったということです。

 

現代でも笑いの効果は医学的に研究され実証済みですが、やはり分かっていてもなかなか笑えないものです。

 

ただ心の持ち方を変えていくには笑いは工夫次第によって習慣化でき、体と精神にとって最大の有効な方法であることは疑いのない事実です。

 

笑いはクヨクヨ善人が、強く変わるための最大の武器となるでしょう。

 

古典落語、お笑い番組、笑いのサークル、川柳等、笑いの修行は楽しくやれば、幸運をもたらし病気も治し、くじの一億円当選をはるかに上回る効果があります。

 

ひとつの例ですが、笑いを習慣化する方法としてかなりの効果が見込めるやり方があります。

 

大黒・恵比寿の木彫りの面を、部屋に飾ってあるだけでも笑いが自然に喚起されます。

 

木彫り面を、毎日せっせと磨き、愛着が自然に湧いてくるように大事に扱います。飛騨高山の少々値が張る木彫り面をお薦めします。

 

 

面を見て腹の底から笑いの練習をやり続けると、いつの間にか本人の潜在意識下にしっかり刷り込まれるそうです。

 

そうなればしめたもので病気も治るし、運気も上がるのは間違いありません。まさに 笑う門には福来るです。

 

他にもいろいろあると考えられますが、工夫すればなにかいいヒントが得られるでしょう。

 

 

 

 

必ず治る⑨ 宗忠教祖の天命直受

文化11年11月11日冬至 日の出時刻の 天命直受!

 

教祖は一息毎に感謝され、一日毎に有難さに溢れて過ごされました。 やがてお風呂に入ることができるまでに回復され、その後に完治されたということです。

 

そのときのご様子は星島良平著「教祖宗忠神御小伝」に「強いて湯あみして、日の神を拝し給うに、長年のやまい朝日に霜の消ゆるが如く、一時に全快し給えり」と書かれてあります。

 

瀕死のご日拝から2か月目のことになります。 教祖はすぐ床上げされ、今村宮にお礼参りをされましたが、途中出会った村人は「黒住の旦那様のゆうれいが出た」と皆がびっくりした話が残っています。

 

それからの日々は、天命直受の日まで喜び溢れて過ごされたとされています。

 

 天命直受

 

文化11年11月11日冬至朝 いつもの通りお祈りを捧げられていましたが、山の端から昇ったお日様が突然大きさを増し教祖めがけて飛び込んできました。

 

教祖は思わずその大きな日の光を、そのまま「ごっくん」と吞み込まれました。

 

呑み込まれた時の気持ちは大歓喜大感激され、到底言葉に形容し難いほどの大きな喜びであったとのことです。

 

三日三晩呵々大笑(かかたいしょう)されました。家の前を通る人にも聞こえるほどの大きな声で笑いつづけられました。

 

古来禅の達人たちの大悟された時の呵々大笑の様子が、いろいろありますがさすがに3日連続の呵々大笑は、記録にないと思います。

 

禅の悟りでは長年の修行後悟って嬉しさのあまり、一晩中池の周りを踊り歩いたとか、

 

寺の境内の古い大木一本一本が「おめでとう」と歓喜中の本人に、語りかけてくれたとか、

 

全宇宙が、祝福してくれるような別次元の喜びと表現されています。

 

教祖宗忠神御小伝には「その年の冬至の朝、日の神を拝し給うに、陽気胸元に徹し、有難く、嬉しく、思わず日の光を呑み給いしかば、心にわかに快活(いさぎよく)になり、初めて天地生々の活きものを摑まえ給えり。教祖35歳の御年なり」と書き記されています。

 

 太陽の恵み 

 

 

教祖は「我元来父母の死を悲しみて心を痛め、陰気になりしより大病になりたるなり。面白く、楽しく、心さえ陽気になるならば病は自ずから治るはずなり。」と天命直受という神人一体の境地を会得されました。

 

「一切万物の親神が、天照大御神であり、人は天照大御神の分け御霊(みたま)をいただいている」ということを悟られたのです。

 

釈迦は大悟の際金星が口に飛び込む経験をされ、又空海も明けの明星を同じく飲み込む経験をされました。

 

我が尊敬する五井先生は、宗忠教祖をとても尊敬されていました。おそらく歴史上稀なる神人が、わが国にお生まれになったと言っていいでしょう。

 

船が沈没を免れた話

 

嵐の海をあわや船が沈まんとする時に、その船に乗船されていた宗忠教祖が和歌の懐紙を嵐の海に投げ込まれて、一瞬にして海が静まって船が沈没を免れた話があります。この話はこれで終わりません。

 

当時付近の小舟も嵐に巻き込まれて、中には沈んだ船もありましたが、たまたまその沈没船に乗っていた人の話です。

 

船がどんどん沈んでいって、それから人だけ海底から海上の上空まで、一気に5~6メートル近くも、投げ出されるように上昇し奇跡的に助かった話があります。

 

後で助かった人伊東定三郎がどうして助かったのか分からず、助かったのは別な船におられた教祖のおかげだと後から知り、熱心な信者になられました。

 

このようなお働きの神人誕生が、天命直受でした。

 

 神人とは

 

ここで神人という言葉は「太陽の神人」の作者山田雅晴先生によると、歴史的神秘家 ルドルフ・シュタイナー、イマニュエル・スエデンボルグや偉大な霊能者とはもう一段上の人類の師といった釈迦、キリスト級を指しています。

 

恐らく日本ではあの空海と双璧をなす別格のお方と考えられます。

 

 共に目指そう

 

小生は学生時代から悟れば真の歓喜があることを、禅から学んで知っていました。

 

呵々大笑の底抜けに明るい世界は、師からよく聞かされたものです。禅の古典類は悟りの歓びと高い境地が多く書かれています。

 

その歓喜の世界に憧れて坐禅からその喜びを得ようとひたすら坐禅に励んだ時期がありましたが、結局果たさずじまいに人生を終わろうとしています。

 

せめて教祖の万分の一でも本当の活きものを掴まえ、頭ではなく確かな実感として神人一体の境地を掴みたいと願っています。

 

 

 

大変動時代への移行 自分軸で行動する

 地方から世界へ

 

 

 

宗忠教祖の目指された理想は、日本だけではなく、世界中の人々が、幸福になって欲しいという念願をお持ちでした。

 

それを裏付ける話があります。信者の備前藩の大阪蔵屋敷の目付だった三沢左兵衛は、教祖が、当時備前や作州といった田舎ばかりをお説きになって、大阪のような大きな町で、お説きになることは、されていない事を、もったいないと思われていました。

 

三沢氏は、大きな町で、お説きになれば、道は次第にもっと、各地に広がるだろうと期待されたのです。

 

そこで、教祖に大阪での布教を、懇願されましたが、教祖は「ご厚意有難うございます。私は、田舎ばかりで、効果が、あがるかあがらないか、そんなことを考えている暇はありません。

 

私は、たとえ一生田舎回りでも、多くの人を見捨てて、大阪、京都で働く気にはなれません。三沢さん! 恐れながら、天照大御神の大道は、やがてわが日本のみならず、世界中の国々で皆が、信じる時が必ずまいります」ときっぱりお答えになったと伝えられています。

 

 

この話は、天照大御神の御徳は、いずれ世界中に、必ず及ぶと信じておられたと思います。

 

 

 大変動期を迎えて

 

 

今世界は大変動期に入っています。政治、経済、金融、医療、教育、宗教、すべてが根底から変わろうとしています。

 

新型コロナを契機として、ウクライナ戦争、政情不安等から、人類は大激動に突入し、2極化を経験して、新世界に向かっています。

 

いままでの上からの指示に、盲目的に従い、周りを気にして、空気を読むことだけに長けた同調時代は、終わろうとしています。

 

 

 自分軸で考え、行動する時代です。

 

 

今の日本のテレビ報道・新聞記事だけに、しがみ付いていては、世の中の真相は、何一つ分かりません。

 

世界は、大変動を迎えています。根底からひっくり返る想像を超えた世界に向かっています。

 

この激動期に、天照大御神のお力が、いよいよ発揮される時代が到来していると実感しています。

 

日本人として生まれ、日本から世界に向けて、我々は、今大和の調和と愛を発信するタイミングが来た!そう信じています。

 

この大和魂が他国からの侵略を防ぐ唯一の力となります。いつまでも平和ボケしては国土は守れません。

 

宗忠教祖は、世界に向けて、大御神の調和と愛の力が及ぶことを、確信しておられました。

 

 

 大転換点時代の働きかけ

 

 

その大いなる働きが、ご誕生日から240年後の今日に、実現される時を迎えたと思います。

 

2020年は、お生まれから240年経過して、還暦60年を4回数えて大還暦を迎えられました。2020年は、占星術のグレート・コンジャンクションにあたります。

 

地の時代から、風の時代に移り、大きく時代は変容していきます。すべて人智を超越したタイミングでのお生まれの不思議さです。

 

お生まれが、冬至の日の出時刻、天命直受が冬至の日の出時刻、大還暦が、数百年の変わり目のグレート・コンジャンクションです。

 

 「太陽の神人」の山田 雅晴さんによれば、宗忠教祖は時霊(ときたま)の要請によって出現され、歴史的な大きな役割を、担った存在であると述べられています。

 

700年続いた武家社会から、明治新政府への大きな時代の転換点に活躍されました。

 

今地球的視点から見ると、お生まれの星回りから、地の時代から風の時代への今大転換点時に、天界で、働きかけておられるように感じます。

 

 

太陽の恵みで病気を治す

 

 

現代においても、太陽が、多くの人の病気・難病を治して、それを契機として太陽の恵み即ち天照大御神のお力を、信じる方も増えています。

 

健康は、お金より大事です。健康と心のケアに太陽の恵みは必須です。

 

個人から人類へ! そして宇宙の大調和まで、無限の恵みが広がります。

 

 

 

 

国難突破 日本人のほとんど知らない歴史秘話

国難突破  物語「赤木 忠春」より  日本人のほとんど知らない歴史秘話

幕末の国難についてまだ多くの方が知らない歴史秘話があります。それは蛤(はまぐり)御門の変のことです。

 

1864年長州藩は兵を率いて入洛し武力をもって京都御所に押し入ろうとした事件です。事前に京都守護に当たっていた会津・薩摩の兵と長州の兵が衝突して、京都中が全焼の恐れがありました。

 

戦いが始まり孝明天皇のお住まいの御所近くに、砲弾が落ち御所内が大混乱に陥りました。

 

このままでは天皇に危険が及ぶ恐れがありましたので、御身の安全のため比叡山へ一時逃れる案が討論されました。

 

結局結論が出ず斉明天皇が普段敬愛しておられる宗忠神社に「この大事をいかが思うか」とご神慮をお伺いになることになりました。

 

 

 

 

国難を救った赤木忠春高弟 今まで殆ど知られていない幕末の秘話です。我が国は天照大御神のご加護で救われてきました。

 ご動座無用!

 

御所の使者が神楽岡宗忠神社に早馬で向かい「主上のご動座いかに? ご返事あれ!」と問いますと、

 

事前からこの件を潔斎して祈念していた赤木忠春高弟は

 

「主上のご動座無用!万一ご動座なされば、天下麻のように乱れましょうぞ!断じてご動座なきように!」と大声で使者に返事されたということです。

 

孝明天皇は比叡山への避難を即座に中止され御所内に留まることになり、その結果薩摩・会津連合軍が勝利を収め長州藩が朝敵になったのです。

 

孝明天皇は日頃から宗忠神社の宗忠教祖を深く敬愛しておられ、

 

   玉鉾(たまほこ)の道の御国にあらわれて、

      日月(ひつき)とならぶ宗忠の神 

 

と伝えられている歌をお詠みになったくらいです。御所内で緊急事態が起きるたびに宗忠神社を正式な勅願所としてご神意をお聞きになられていました。

 

このご動座中止の御判断が京都を救い、ひいては明治維新の歴史が大きく変容したかもしれない可能性を阻止できたことになりました。

 

もし比叡山へ動かれたら会津・薩摩の連合軍は戦意を失い、戦いの形勢は逆転し混乱の極に達し、御所と京都は火に包まれ日本の歴史は大きく変わっていたことでしょう。

 

神楽岡神社は「天照大御神とご一体の宗忠教祖を祭る神社」です。そこで命掛けの祈念をされた赤木高弟は大御神・宗忠教祖からのご神慮による動座中止を宣言され、そのことが京都や日本を守ることになりました。

 

この事実を知る人は少なく隠れて表に出ておりませんが、実は日本にとって大きな出来事でした。

 

まさに天照大御神がわが国を守る宇宙大の働きのご発動でした。こうして神国日本は天照大御神より守られ、しっかり守護されていることを国民は感謝しなければなりません。

 

2024年以降 日本は新たな国難に向かう!

 

今後国内外の状況が複雑化して災いが我が国に及ぶ状況になっても、国民が一つになり大御神の下に我が国土を必死に守っていくことが大切です。

 

2024年秋中国による台湾有事や感染症爆発も想定されます。又自民公明の退潮で政権の交代時期でもあります。どうなるか分かりませんが、このような国家的危機に対して、国民はどう対処すればいいのか真剣に対処すべき時期が差し迫っております。

 

意識を変えて国民の力を結集すべきです。一致協力し国難を乗り越えて、平和国家を目指すべきです。

 

今後我が国は世界を平和に導く世界のリーダーになろうとしています。日本は世界と地球を救う重大なる責務を太古の縄文時代から、大和国の運命として背負っております。

 

日本なくして地球の平和はあり得ない。ここを自覚して古代からの霊的エネルギーを継承して発揮する時代が必ず到来します。

 

恐らくそのような新時代が到来するまでに、地球上の人類は相当の割合が消えていなくなるでしょう。極めて厳しい淘汰をくぐり抜けて、どうしても子孫のために生き通さなければならない。たとえわずかな生存者であってもです。

 

勿論日本という国だけではなく、地球そのものも天照大御神から守護されてきました。それは古代人の太陽崇拝の痕跡が、世界中のあらゆる遺跡から多数見つかっていることが何よりの証拠です。

 

宗忠教祖は太陽を生命ある愛の意識体として見ておられました。教祖は自らの心を悩ますことが親神の大御神をも傷つけるものとお考えでした。単なる物質的核エネルギーではなく、人の心に多大なる影響を与える祖神です。

 

「本(もと)を忘れまいぞ。その元と申すは畏(かしこ)くも天照大御神の御事なり。誠に尊きこと極まりなく、有難きこと限りなく、天地の間一切を生じ一切を司(つかさど)り、

 

一切を統(す)め給う大御神にまします。ご神徳によれば一切何事も成就せずということなし」と宗忠教祖は称えておられます。

 

というのも我々は3次元の物質主義の考え方を、そろそろ卒業しなければならない時代を迎えています。五次元の新地球(精神世界)への移行期に今いることを我々は意識し、行動しなければなりません。

 

そうして尊い地球を平和に導き、明るい世界を築くことがわが日の本大和の大使命です。

 

⑨大いなる奇跡と霊験について 数年間雨が降らない史上空前の壮大なる奇跡!

 

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