赤木忠春高弟 目がみえる!
現代医学ではとても考えられない想定外の事例(難病が治る)が、奇跡として起きたことです。
医者と薬だけが唯一頼りの今の世界からは、恐らくたわごとに近い話かも知れませんが今後もっと注目される治療方法になる可能性を秘めています。
「難病」の治癒にお役に立つことを願っています。
過去無数といえる位の数多くの奇跡的病気治しの例が、頻繁に起きたという厳然たる事実あります。
以下紹介する話でhinomoto自身は黒住信徒でもなく、教会にも属してもおりません。又入会案内への意図も全く持っていません。このことを予めお断りしておきます。
ただ黒住宗忠(江戸時代後期の人 池田藩の一神主でした)個人を信奉しているだけです。お慕いしていると言ってもいいし、日本のキリストの再来とも思っています。
注目すべきはワクワク感重視の点で、あのバシャールの伝えたい言葉と宗忠教祖は共に共通な面が多々あります。そして「嬉しい、楽しい、わくわくの世界」を始めて唱えられた方でもあります。もっとも当時にはワクワクの言葉はありません。
又宗忠教祖は冬至に大変縁の深いお方ですし、今も宇宙のアセンションに働いておられるであろうと考えております。
自分の体の不調な時期に宗忠教祖と太陽のおかげで、ここまで治していただいたと心から感謝しています。自然のものすごい治癒力を腹の底から実感しました。
赤木忠春高弟の失明が治った話
赤木忠春高弟と言えば多くの黒住門徒の中でも、最初に名前を挙げられるほどの高名な方のお話です。この話題を取り上げたのは現代でも難病である緑内障を江戸時代に薬も使用せずに、即座に見えるようになった奇跡の話です。
赤木高弟は若い頃22歳から30歳まで8年間もの長い期間失明されて、失望の中で暮らしておられました。その高弟が黒住宗忠教祖のお話を会場で聞いて大感激しておられるうちに、その場で目が見えるようになった話があります。黒住門徒ではよく知られた霊験です。
当時の緑内障(青そこい)は難病でした。医学の進んでいる現代でも、この緑内障はほぼ治りません。多くの医者に診てもらっても治らず、完全に失明され諦めておられたものと思います。
この苦しい現状を打破されたのは、高弟の叔父が宗忠教祖の病気治しのお話をされ「一度お会いなされたらいかがか!」と行くのを渋る高弟を宗忠教祖に引き合わされたことから始まります。赤木高弟が行くのを渋った理由は治るはずがないと決めつけていたからです。
集会場で宗忠教祖のお話をお聞きになり、そのうちお話にだんだん引き込まれ、激しく心を打たれました。
そして大感激のあまり「この尊いお方はどのようなお方か!」と宗忠教祖の方を振り返られると、なんと今まで見えなかったお姿がはっきり見えてきて、長年の失明がその場で回復されたことです。
「おお不思議だ! この目が見える、見えるようになった!」と感激のあまり大泣きされたそうです。
後に赤木高弟はこの奇跡的なご経験をいつも涙ながらに話され、一座の皆に自分の感激(おかげ)を伝えていたそうです。
この奇跡が起きた理由について
どうしてこのような不可思議なことが起きるのか?
まず赤木高弟は、最初は宗忠教祖の会場へ行って「おかげ(病治しの奇跡、黒住教独自の言い回し)」を受けるようにという叔父の話を何回も断っていました。奇跡なんて迷信だと決めつけていました。
禅にも「仏道には不思議はない」という言葉があります。「奇跡的なことは起こらないから、そういうことに期待するな!コツコツ励め!それが真の道だ」ということです。
奇跡そのものを否定し、自分の失明がそう簡単に治るわけがない。治るなんていうのは怪しげな宗教の勧誘であると、知識人特有の猜疑心から思い込んでいたふしがあります。現代もその心理は変わりませんね。
「叔父さん!せっかくですが私の8年間の失明は医術の力ではどうすることもできません。田舎の神主さんのおまじないで簡単に治るものでもありません!」と叔父のせっかくの誘いを何回も断りました。
叔父も「これだけ勧めても断るのか!」と最後にはカンカンに怒ってしまい「もういい!お前との縁を切る!」と縁切り話までになった話が残っています。
なぜなら赤木高弟はかなりの仏教、易、儒教の本を、読破した当時のインテリだったのです。知識人が故に理屈が先に立って治る話をデマの類と見なしていました。
叔父の参加要請が余りに強いのでとうとう断り切れずに、一緒に聞きに行った事情があります。そこで筏仙人(いかだせんにん・阿呆なくらいの正直者の話)の話を聞いて、深く感動して文字通り目と心の開眼をされました。
宗忠教祖のお話は人の心を活かす力をお持ちの方で説教時の迫力と力強さは、普通の常識をはるかに超えて人々を感動させ、神と繋がり多くの奇跡が生まれています。
この奇跡を黒住教では「おかげ」と言い今尚多くの霊験が行なわれています。
そのような霊験を叔父さんは宗忠教祖の会場にて数多く目の当たりに経験して、失明していた赤木高弟に勧めた経緯があります。
尚赤木高弟は後年驚異的な霊験を数多く発揮されています。たとえば京都で赤木高弟の噂や名声が高まり、ねたんだ人が境内社(やしろ)の廊下に嫌がらせをして死人を放り込んだ事件がありました。
この時「神聖な社(やしろ)を汚すこの不浄なものが!」と怒鳴り、何とこの死人を廊下から蹴とばされたそうです。そうしたらその蹴飛ばされた死人がむっくりと地面から起き上がり、ふらふらと歩き出して境内から出たところで、ばったり倒れた有名な話があります。
それを取り囲むように見ていた人々は驚きのあまり腰が抜け、震えて声も出なかったそうです。このような死人が歩き出すような霊力をお持ちの方でした。
他にも驚くような霊験を数多く残されていますが、直情家にして英雄的資質の赤木高弟は宗忠教祖の第一のお弟子ともいわれた方です。
このような「おかげ」はどうすれば起きるのか
ここからは読者の皆様と一緒に考えましょう!
前に述べたように太陽(天照大御神)のおかげで、健康と精神力は回復できます。太陽のものすごい力、恵みは日の出参拝毎に感じています。
宗忠教祖の教えには何か凄い活きたエネルギーが働いており、概念・知識ではなく体(からだ)でその活き物(いきもの)をしっかり掴み取れば、宇宙を貫く無限大の力が活かせるように思えます。
霊が主で体が従の教えです。
ここから先は読者の皆様もなぜ治ったのか、どうすれば起きるのか、ご自分なりに探求・検証されることも必要と考えます。
活き物(いきもの)という人生の宝が、お金・名声・地位より大事なものがそこに隠されているように感じるからです。
「今何故このような大混乱期に我々は生を享けてこの世に暮らしているのか」このことを解き明かすカギがあると信じて毎日を励んでいます。
