• 太陽の恵み

世の中は必ずよくなる

苦難を乗り越えれば明るい未来は必ずくる 

 

終戦直後の飢餓体験

米国とイラン戦争によるホルムズ海峡の閉鎖と原油断絶で世界が大騒ぎしています。確かにこのままでは食糧飢饉まで追い込まれる事態は十分あります。

自分たちの食糧等の準備は必要不可欠ですから対策はすべきです。

しかし不安になって過度な買いだめだけは止めたほうがいい。日本人は工夫して乗り切る民族です。

自分が経験した終戦直後の出来事を記憶をたどってお話します。

終戦直後に生を享けた小生には幼い頃食べ物に不自由した記憶は生生しく残っております。

お隣の家は犬まで食べていました。

買ってきた犬の肉を前にして「これ食べられるかな?」とうそぶきながら隣の小学生の女の子が食べることに躊躇していた記憶があります。

それは自分が3~4歳の頃だったと思います。

食べる米がなく外米と称するコメは砂が混ざって食べればじゃりじゃりしていました。味は物凄くまずく一口二口食べては吐き気を催して、げろげろ吐いていました。

あの頃の最大の贅沢は白飯(シロメシと呼んでいた)を食べる事だった。夢にも出てくるように無性に白飯が食いたかった。

アルミ弁当には麦飯だらけの昼食を教室で食べていたものでした。皆片手で懸命に隠しながら麦飯だらけの弁当と分からないように食べていた。

「麦飯は貧乏人」というイメージが出来上がっていたので、幼い小学生でも見栄だけは働くものです。

或る級友がソーセージ一本を丸ごと片手に食いながら昼食を取っていた。そのことが後にみんなの噂になったことがありました。

「あいつソーセージを食っているぞ!」とうらやましくねたんで言い合ったものです。

 

大量の回虫で死んだ子供

又確か小学2~3年生のころだったと思いますが、当時の小学生はお腹に凄まじい位の大量の回虫が寄生して、中には回虫の為死亡した子供もいました。

小生の母親は中学教師でしたが、驚愕の写真を家族に見せたことがあります。

死んだ子供の切開した腹の横に新聞紙が一面にひいてあり、その新聞紙に山のように無数の回虫がうずたかく積まれた写真でした。

文字通り無数の回虫に内蔵ごとすべて食われてしまって死んだのでしょう。皆様想像できますか? さすがに幼い自分は二度と見たくない写真でした。

小学校では回虫の虫下しを飲まされたものです。薬を飲めば強力な副作用で風景が黄色に染まって見えていました。

 

市役所落成式の驚愕のイベント

当時がどれだけひどい社会だったか。もう一つ驚くべき実例があります。

小生は宮崎県都城市で幼少時代を育ちました。都城の市役所が戦後やっと新たに建設されて落成式が催された時の話です。

その落成式に新築の廊下の壁側に人の殺された無残な裸体写真がずらりと展示されており、訪れた多くの市民に観覧させていました。

小生の姉はまだ小学低学年でしたから、その掲示写真を見て衝撃のあまり長い事心を病んでしまったくらいです。

「あげな残酷な写真をよう 子供に見せて!」と後によく話していました。

あんな多くの無残な写真を市役所の目出度い落成式に、どうして飾ってみせる必要があるのか未だに分からない。

強いて言えばあまりに治安が悪く住民に注意喚起のためだったのかと推測します。

強盗殺人が非常に横行していましたので死刑執行は年に数十件(AIによると数十件という回答)に上がっていたのではないかと思う。

だから晴れがましい落成式にこのような残酷写真を掲示しても問題にならずに、容認される当時の雰囲気だったということです。

 

刑務官の叔父の話

小生の叔父は刑務官でしたが、刑務所の集団脱走は日常茶飯事でした。

その都度刑務官の叔父は逃げて暴れまわる囚人達を拳銃で撃っていた話をよく聞きました。

太平洋戦争の鬼軍曹だった別な若き勇猛な叔父は日本刀を引っさげて、多くの脱走犯の中に単身で決死の切込み攻撃で迎え撃ちした話も聞きました。

尤も日本刀の刃は潰してあったということですが、それから囚人達は叔父を見ると震えあがっていたそうです。

文字通り体を張っての命掛けの仕事だったのです。

 

死刑執行の話

当時の死刑執行の話もよく聞きました。今と違い死刑執行は頻繁に行われておりました。死刑執行の当日は死刑囚に新しい下着が与えられ、米のおいしい食事が供されていました。

当時日本人は食に飢えていましたので、米そのものを食べられることが至上の幸福でもありました。

死刑囚は与えられた食事は皆ぺろりと完食していたそうです。死ぬ直前の最後の満足する食事だったと思います。

刑の執行所までの長い廊下を死刑囚のほとんどが腰が抜けて独りで歩くことができず、両脇を2人の刑務官が支えて歩いたということです。

死刑執行を普段から覚悟しても、直前になると歩く力もなくなるようです。

 

死際について考えよう

ここで考えさせられる事件があります。

同時期にA級戦犯として巣鴨拘置所でGHQにより絞首刑になった7人の将軍達の最後は、実に粛々とした立派な最期でした。

どうしてこのような決定的差が生じるのか。我々日本人は究明すべき点である様な気がします。

又昔の侍の切腹時の死際はほれぼれするくらい立派です。悠々と下腹を掻っ切るのですから。その胆力は恐るべきです。

薩摩藩の武士は切腹して長い腸を切り取り、監視役の英国人に向かって投げつけた生麦事件の話が残っています。

明治以降の近代人と昔の侍は胆力では全く別次元の人間であることが分かります。

そして己の強欲で大罪を犯して絞首刑となる者と忠義を尽くし戦犯として絞首刑に赴く者とは決定的差が生じるということです。

刑務官の叔父さんに「最後になにか声をかけるのですか?」と質問したら「頑張ってこいよ!」と言っていたそうです。何を頑張るのか分かりませんがそれしか言えなかったそうです。

 

人の業と魂レベルについて

一つだけ心に刺さる話がありました。

死刑囚のほとんどは死ぬ前は真っ当な人間に戻るということでした。叔父(刑務官の叔父は2人いました。日本刀の叔父ではありません)は

死刑執行の度にこんなに改心して真っ当になった人間を絞首刑にするのかと、暗澹たる気持ちにさせられたそうです。

立派な辞世の句を残して刑場に向かった死刑囚もいたそうです。

叔父は死刑制度には真っ向から反対していました。実体験からの思いだったのでしょう。

でもこれには疑問が残ります。

死罪を宣告されたからこそ彼らの心境は土台から変わったのではないか。仮に無期懲役ならばどうだっただろうか?

過去世から業の積み重なった死刑犯達はちっとやそっとでは簡単に変わるものではない。

このことは我々一般人にも当てはまると思う。

この世の人は自己の人生について、とりたてて深く思慮も反省もせず又大事な魂磨き(たまみがき)にも無関心であることが一般的傾向です。

相も変わらずお金やもろもろの世俗的欲望にしがみつき未練を残したまま、あの世に旅立ちます。

極論だがむしろ死刑囚のほうが決定的な心境変化ができる環境かも知れない。

司法により命を断たれることにより死後世界でもみそぎ祓い(魂浄化)がある程度されて、その分 業(ごう)が軽くなると考えています。

しかし一般普通人はこの地球上にいままで数千年から数万年間に何十生から何百生生まれ変わっても又同じか下がる人生の繰り返しでした。

この事は人の魂は本当に進化するのだろうかという疑問に繋がります。

人類が生まれ変わるメリットはあるのか? 

宇宙の創造神(生まれ変わりは艮・うしとらの金神が担当)はそれほど寛容だろうか?

天はただひたすら見守るだけではありません。いよいよ制裁を含めてのご沙汰が始まります。 

* 結論だけ書きます。

まず未来は明るく希望のある世界です。

①人類は2050年から2060年の間に戦いのない平和な時期を過すというバシャールの言葉があります。ようやく地球平和へ向かうようです。

すでに地球外生命体の異星人との交流も始まっているという。

② 今後魂レベルの低い人類は一部を除き、成長を遂げた5次元地球にはもう二度と生まれ変われません。波長が合わなくて低波長レベルは弾かれるからです。

人類の大半はそれぞれ彼らの波長レベルに合った別の天体に生まれ変わります。

地球での生まれ変わりの試みはやり尽くして、結局どんなにしても霊的成長が見込めない魂が多いということです。

今後は相当厳しい結果となります。動物か下等動物か又は植物、鉱物だろうといわれています。勿論金星のような神様クラスの天体に転生する立派な魂もあります。

 

 

死刑囚の人相は大体パターン化されており、同じような顔つきが多いと叔父の長年の経験則を大学生の私に話してくれました。

当時ある有名な歌手が大ヒットしてテレビに出るたびに「この顔形は死刑囚の典型的顔つきなんだよ!」と話してくれたのが記憶にあります。

 

獣のような殺伐した社会

終戦直後の日本はそのような荒(すさ)み切った獣(けもの)のような社会だったのです。

この獣(けもの)ような期間は長く続きました。今の平和な規律をキチンと守る日本人からは想像もできません。これも先人達の努力の結晶です。

おそらく今の中東がそのような社会になるのではと心配しています。人の愛や真心がすっかり失せてしまい、残忍な動物社会になる危険性が待ち構えています。

戦争とはそういうものです。荒廃と破滅と絶望しかない。

今の米国・イスラエル・イランの戦争当事国は国民の精神が荒れて病み、すべて破壊される運命をたどるでしょう。

戦いに正義はありません。お互いに激しくののしり、罵倒しあっているだけです。

現代の戦争はAIを最大に使い人知を尽くした殺し合いとなります。その結果は悲惨極まるものであることを知るべきです。

 

乗り越えよう!新世界へ向けて

わが日本は幸いに安全が保障されています。地球上では凄惨な争いがありますが、我々は希望の光を信じて彼らとはきっぱり一線を画して進みたい。

米国やイスラエルのような年がら年中戦争ばかりやっている国とは距離をおいたほうがいい。

今までは米国の完全な従属国でしたから奴隷のように這いつくばっていましたが、もう自立してもいい時代になりました。

彼らは金儲けだけでいくさを仕掛けてきます。日本には決してプラスにはなりません。

人類の数千万、数億の人が金儲けのためDSの犠牲者になったきた訳です。もう米国の下にくっついてもなんにも進歩はありません。

尤も周辺国は野獣のように隙あらばいつでも攻め込んでくる国ばかりですが、これらの国々はいずれ淘汰されていくに違いないと考えています。

日本は平和の旗手としてこの荒れ果てた地上を立て直す大事なお役目があります。この地球は日本という国が無ければ滅びゆく星になると言われています。

 

日を呑みて腹をはる(春)気になりぬれば、

心よしの(吉野)の花や咲くらん 

赤木忠春

我が国にはこのような輝かしい太陽のような明るい神道の世界があるからこそ戦禍とは縁を切ろう!

どうぞ我が日本を平和で安全な国に知(しろ)し召せ!と古代大和の神は託されました。それにこたえよう!

日本の素晴らしさを世界に大いにアピールして大和の国を盛り上げよう!

今後米国や中国の超大国は崩れてなくなります。その後は素晴らしい世界へ移行することになります。

 

太陽に感謝しよう

今後太陽崇拝を勧めて心と体の健康を取り戻す運動を始めようと思います。

太陽は縄文時代より崇められてきた対象となっており、伊勢神宮では天照大神として国家神道の御祭神です。

しかしそんな大げさなものではなく、もっと身近な近しい存在として親しみたい。

まずは日の出の時に感謝して太陽のご陽気を吸い込むだけでも健康が得られるのです。

そして我々大和の民は大きな困難を乗り越えよう!新世界へ向けて

 

 日拝治療法(2)