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よしりんの4毒抜き食事について
早くこんな空をみたい!抜けるような青い空から陽気が降
「よしりんの話は本当ですよ。 1月に92歳で他界した母の骨がそのことを証明しました。母は体力使い果たし老衰で先月無くなりましたが、火葬場係の年配男性が収骨の時にこう言いました。
『お母様は骨がしっかりしている。 牛乳を飲まないで過ごした方ですね! ここは足の付け根と腕の付け根の骨ですが丸くしっかりしている。 ここは大腿部ですが骨密度の繊維が密になっているのが見えますね。
下顎の骨をこのように箸で持ち上げられるのは乳製品を食べなかった人の証拠です。 乳製品を日常的に食べていたいた人はこんな風に箸で持ち上げられません。
崩れてしまいます!お母様は油物を避けた食生活をしていたら、あと8年100歳は生きられた人でしたね 』
と火葬場の人がお話になったので、よしりんの事を知っているのかと思って聞いたら知りませんでした。長年の収骨のお仕事と遺族から生前食べていた思い出の話から解ってきたようです。
母が晩年患った病気は植物油の取りすぎによる病気ばかりでした。
母は自分の骨で人間が一生に一度しか出来ない方法で、私や孫に伝えてくれました。4毒は止めなさい!骨は語る そう思いました。」
以上はヨシリンの動画の読者コメントからの引用です。
本当に4毒抜き食事及び米中心食はすごい効果があります。是非この話の真偽のご検討を始めてください。必ず納得がいきます。
以下自己体験でほぼ全治しました。
1.顎(あご)関節症 左のあごが開けられず食事に苦労していました。これに関連して時々の左耳の難聴です。よく気圧差で聞こえなくなる時がありますが、半日以上も悩まされていました。
2.無呼吸症候群 睡眠時に呼吸が止まったり又大きないびきをかいていました。これは危険な前兆らしくそのまま死んでいる人もいるそうです。
3.糖新生 食べても太らないし段々体重が減り筋肉も衰えていきます。4~5年前の薬害からでした。これは米中心と頻回食で治ります。
4.足のかかと部分の皮膚がひび割れしてベットにぼろぼろ皮膚片が落ちていました。
5.軽い糖尿病 「糖質制限でご飯はあまり食べないように」という医学常識は全くの嘘です。自ら1年以上実地につぶさに体験しました。よく噛んで食べれば全く影響がありません。ほとんどご飯ばかり食べていても糖尿病の各数値は悪くなりません。従って近代医学常識に根本的に不審感をもっています。
自分で試してみて体験上実感することが何よりも大切です。無数とも言える読者コメントの丁寧な内容は、本人しか書けない貴重なコメントです。驚くべき絶大なる効果と言えるでしょう!
但し大きな問題があります。それは好きな食べ物をコントロールすることは極めて困難であることです。多大なる自己の欲望をどれだけ抑えられるかが決定的なカギとなります。
生まれてから慣れ親しんだ食べ物を制限することは人によっては不可能でもあります。ましては社会的ルールにするには世紀単位の時間が必要になるでしょう。
我々はすべて地上テレビ、マスコミ、医学常識に騙されていました!
事切れた病人が生き返る
一度死んだ人間が生き返ることは殆どあり得ない話と思われるかも知れない。しかし現実に起こり、今後も起こり得ると思います。
備中玉島町(倉敷市玉島)に中野庄兵衛という信仰厚き方の話です。殊に黒住宗忠を生ける神として尊信しておられました。この方が病気になりだんだん悪化して、もう最後の段階までに至ったとのことです。
親類、家族、知人が集まる中で「死ぬ間際になり覚悟はできているが、最後に宗忠様のお祈りを受けたらもう思い残すことはない!先生からご陽気を吹いて頂き、お手で触れてもらったらよくなると思う。どうかなんとか叶えさせてくれないか!」と切なる懇望です。
皆顔を見合わせて当惑していました。なにしろ玉島から岡山の上中野の先生のお宅まで30キロ近くもあります。とても重病人が行ける距離でもなく、ましては今にもこと切れしそうな重病人です。
皆お互い黙って見守っていましたが、庄兵衛さんは「困難なことは分かっておる。もうぐずぐずできない身だから、わしを籠に乗せて先生のお宅までつれて行ってくれ!途中で死んでも構わぬ。どうせこのまま死ぬ身だ!」といよいよ痛切な頼みです。
さあー!籠で岡山の上中野へ
それほどまでの願いであれば、叶えさせてあげた方が良かろうということになり、早速籠で上中野まで向いました。
ようやく後わずかの距離までのところに来たら、籠の中でうーんという呻きごとでもはや事切れてしまいました。せっかくここまで来たのに残念だが、死んでしまったので引き返そうということになりました。
夜明けは近い。もうすぐ日の光が全天を染めて、いよいよ太陽神の登場です。新しい希望の世界が開けます!この瞬間が大好きです。思わず喝采を叫びたくなり、地球に感謝したくなります。たとえ日常世俗の塵を浴びていても、わづかなひと時でも清新な気に浸れます。
なんと祈りによって死人がよみがえった!
いやここまで来たのだから死んだ後でも連れて行った方がいいという話に落ち着き、そのまま教祖の家に向かうことになりました。
そして到着後既に亡くなってから相当時間も経ち、全く冷たくなったいるものを宗忠教祖はご神前の前に横たわらせて、お祓いを悠然と献読になったそうです。偶々その場に居合わせた松岡清見さんに教祖は「松岡さん、私がご祈念しますから、その間おまじないをして下さい」と頼まれました。
ここからは松岡さんの率直な心中の考えに移ります。松岡さんは同じ神官ですが、宗忠教祖を尊敬しておられました。
正直ひんやりと冷たくなって全身硬直している死者に触ってみて、とうてい生き返るとは思っておられなかったようです。「この死後こう着状態で教祖のおかげ(お祈り)を果たして受けることができるかなー」と疑っておられました。
それほど死相が固くはっきり出ていたといわれています。恐らく現代でもこのような状況下で生き返りした例は見当たらないと思われます。
白隠和尚の延命十句観音経でも生き返り例は10数例記録されていますが、皆死後の時間が経過しておらず、今息を引き取ったばかりのケースであり、すべてうら若い人のみに限定されています。
お年寄りは一人も記録されていません。ましては相当の時間が経過しており、松岡さんでなくても誰もが生き返るわけがないと思ったことでしょう。一方宗忠教祖はお構いなくリンリンたる声でお祓いを唱えられておられましたが、だんだん時が経つにつれますます死相は明らかになってきました。
「もうこれは駄目だ、おかげもやめるべきだなー」と松岡さんは半分諦めておられたとあります。しかし宗忠教祖は澄み切った声で朗々とお祓いを続けられており、それに元気を奮い起されて松岡さんも必死に唱えられたそうです。
しばらく松岡さんは心に迷いと決意が繰り返されて何本目かのお祓いがすみ、最後の”とおかみえみため”(黒住教では大祓詞の後は とおかみえみため を5回唱えます)もいよいよ終わりました。その刹那、不意にウンと声を発して固く冷たくなっていた死体、いや病人が生き返ったのです。
この宗忠を師と慕う者を見殺しにはせぬ
そのあと宗忠教祖はしみじみと松岡さんにお話しになり「松岡さん、ご神徳はありがたいものです。ここは神国です。神国の有難さはまた格別です。なんとご覧の通りに死人が生き返りました!思えば思うほど有難いことです。
おまじないはその有難いご神徳を取り次ぐのです。きっとおかげがあるはずなのです。広大なるご神徳をあまねく世の人に知らしめることを務めとするものです。
いやしくともこの私を師と慕うて来るものを見殺しにはいたしません!決して見殺しにはいたしません!」とあの有名な言葉を吐かれました。

手術不可能の「ステージ4B」の最終末期がんからの脱却
このテーマについて発表するかどうか迷いました。というのは信者のAさんが奇跡の回復をされたのは間違いのない事実ですが、このような驚異的回復が、果たして抗がん剤服用と手術を行うことによってのみ起きるのかどうかということです。一つの考えるテーマとして皆様お読み頂き、皆様の考察にお任せします。
この話は「いのちの教え」からの引用です。Aさんは一昨年11月にすい臓がんと宣告されました。ガンは5㎝位にも大きくなっており十二指腸を狭窄して、大動脈リンパ節に転移していました。
日に日に体重は減少して恐ろしいほどの風貌となりました。診断は手術不可能と言われステージ4Bの末期がんでも最終段階にまでなっていたと書かれています。施された治療はステントを挿入して通りをよくすること、抗がん剤をもちいることでした。これがどんぴしゃり効いたとあります。
このような状態だったAさんが黒住教の教主の祈りによる「おかげ」を頂き、痛み苦しむことなくさらに新年を2回も迎えられ、命を保つことができました。
本にはその後のについては書かれてありませんが、ここでAさんは神道山にて修行を始められて大きな感動体験をしていることです。神道山の毎日の日拝を通して深い感動の涙を流して「天に生かされている」という自らの体験が述べられています。
『「生きている、生きている」と思うと涙、涙で止まらない。「生きた、生きた、明日をも死ぬ体が一年を超えらえた」と思うと、「いや生かされているんだ」という感慨にだんだん変わっていきました。やがて純粋な感謝の念へ深められていった。
余命幾ばくもないと医師に宣告されてからこの一年は感激、感動の日々でした。生かされているという嬉しい喜びがひしひしと腹の底から込み上げてきます。
毎日わくわくしてご陽気修行を楽しみにして、お日様がゴクン,ゴクンといくらでも口から下腹に入ってくる。なんともお日様がおいしく本当に有難く有難く思える時間でした。
生かされて生きている事への感謝を捧げる心は、一層嬉しく温かく明るくなります。信仰とはなんと素晴らしいことだろう!
宗忠教祖の歌に
日々に朝日に向かい心から
限りなき身と思う嬉しさ
いつの日か形(肉体)を脱ぐ日がくるまで、皆様のお祈り添えを心から有難く感謝いたします。』とあります。
以上より溢れんばかりの歓びはどんな末期の癌症状からも復活すると確信します。個人的には手術、癌治療薬を凌駕していると思います。 皆様の御意見は如何でしょうか?

以下の話は「いのちの教え(山田敏雄著)」からの抜粋です。1950年(昭和25年)見事に回復したある信者女性の奇跡をご紹介します。
我が子を残して死ぬわけにはいかない
信者の女性が麻酔薬による心臓発作に襲われ、あわや死ぬ瀬戸際までに追い詰められました。脈が数えられないほど早くなり、息もできない状態になってもはや生きることは困難で死を意識したとのことです。
ところがかたわらで寝ている長男の顔がふと目に入ると「この子を残して死にたくはない。死ぬわけにはいかない!」との強い思いが去来しました。
神棚にあった大祓詞を夫に取ってきてもらい、薄れそうになる意識の中で懸命に大祓詞を唱えて祈ったそうです。
「宗忠の神様、この子を残して死ぬわけにはまいりません。どうか、この子が成人するまで私に命をください。助けていただいたら、私はどんな辛い目に遭っても、どんなに貧乏になっても泣きません!」と必死に死にもぐるいで祈りました。
7~8本大祓詞を詠んだら、今にも止まりそうな苦しい呼吸がスーッと楽にできるようになりました。次の日も大祓いを詠んでそのまま寝込んだら、「ごめん下さい」と宗忠教祖が紋付羽織姿で玄関に現れました。
はっとして目が覚め夢だったことに気付きましたが、宗忠神が自分に会いに来てくれたことの有難さで胸が一杯になり、涙がとめどもなく流れました。しかもその夢を見た時から薄紙を剥がすように発作がおさまり、症状が和らいで回復していったということです。
その後更に二人の息子に恵まれ当時3才だった息子は今は60才になりました。奇跡的に命を頂いた話です。黒住教ではこのような信じられない話が数多くあります。このような奇跡は「おかげを頂く」と呼ばれています。
この他に数々の救われた奇跡話がこの本に記載されています。ここでそれらをまとめると次の共通事項が明らかになりました。
先ず強い祈りがあります。この祈りは本人を主体として周りの人からの応援もあります。その祈りにより奇跡を呼び起こしていることです。
更に有難い感謝の念が祈る者に満ち溢れています。その結果信じられないような回復をしていることです。
これを現代医学と比較してみます。
医者から診断してもらい症状の説明があり、薬を処方して薬をのみます。本人は自己の症状を調べて原因を探り医者の注意事項を守り薬を服用します。それから心配を抱え不安の生活が始まります。
人によっては数年、数十年の闘病生活がスタートするのです。心配・不安は増幅して場合によっては転院を繰りかえし、薬の効能に敏感になり次々薬を変え、一喜一憂の病人スタイルがここで確立します。
これでは治る訳がありません。ますます悪化させているのが実情です。
奇跡的に治った例は一途な祈り、感謝、感動、歓び、信頼、安心のポジティブ感情が必ずあります。一方通常の世間のケースは不安、心配、迷い、焦り、悲しみ、諦めのネガティブ感情で占められています。
見事に対照的です。ここが決定な相違であることに注目しましょう!
感情が極端に真逆になっており、不安からはなんらの解決も生まれません。特に難病、癌等は大きな喜び、歓喜が重篤な症状を見事に一変させます。驚異的なパワーが病人側に働き、症状を回復に向かわせます。
心が身体を支配している証拠です。心が主で身体は従です。そして必死に祈れば、神は土壇場には助けてくださるし、その神とは実は大いなる自己の魂です。
心の偉大な働きを信じましょう。薬だけに頼る医学には限界があることを学ぶ必要があります。